COVID-19感染リスク数値化の検討 改訂Δ2

はじめに

 日本では2020年1月16日に初めて感染者が確認されて以降、新規感染者数などの情報はメディアなどを通じて毎日何度も伝えられている。しかしながら、自分が生活している地域やこれから移動する地域にどれくらいの感染リスクがあるのかについての指標は公開されているものは少なく日常生活をするにあたり不安である。そこで、感染拡大から1年間で得られたCOVID-19感染症の知見や公開されている情報から相対的な感染リスクを数値化する事を試みた(2021年4月13日初版)。
その後日本においてもワクチン接種が進んだことやウィルスの変異により感染しやすさである基本再生産数に変化したことから感染リスク数値の算出方法を改訂することとした。(改訂Δ1)
 一方で2021年11月頃より変異箇所の多いオミクロン株の拡大によりワクチンの有効性にも影響がでてきたので、今回ワクチンの有効性及びオミクロン株の影響について改訂Δ2として本レポートでまとめた。

COVID-19の特徴

  • 感染経路と隔離期間

COVID-19の感染経路はアメリカ疾病予防管理センタ(CDC)によると
close contact > airborne transmission > contact with contaminated surfaces の順
に大きいとしている。また、隔離が必要な期間については、症状のある人は症状が出てから少なくとも10日間経過し、かつ解熱剤を使用せず発熱がなくなってから24Hr以上経過していること、かつその他症状が改善するまでとしている。なお、臭覚味覚の異常は長期におよぶ事があるが感染には影響しないとして除くとしている。また、無症状の陽性者は症状がなければ陽性確認後10日間の隔離が必要としていた。(2020年当時)

その後オミクロン株の登場により、感染経路はairborn transmissionの比率が増したとの報告が見受けられる。また、隔離期間についてはオミクロン株の特徴と社会的要請をも加味した形で隔離期間の短縮が行われている。CDCでは2022年1月9日の改訂では最新のワクチン接種の条件のもとで5日間の隔離に短縮されている。この状況は変異株により刻々と変化するので留意が必要である。
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/prevent-getting-sick/how-covid-spreads.html

また、感染経路について花王のホームページにわかりやすくまとめられている。これによると、飛沫(5μm以上)と飛沫核(5μm以下)による飛沫感染経路と手指へのウィルスの付着による接触感染経路があり、飛沫の大きさや飛距離は温度、湿度、空気の流れにより変化するとされている。
https://www.kao.com/jp/hygiene-science/expert/inactivation-methods-new-coronavirus/transmission-route/

  • ウィルス(SARS- CoV-2)の生存性

感染経路において、ウィルス自体の生存性は感染に大きな影響を与える。例えば手指についたウィルスが感染力を維持しているかに影響するためである。日本防菌防黴学会のホームページに掲載されている麻布大学 野田 衛氏の「新型コロナウイルスの基礎知識、集団予防および生存性・不活化」の報告https://www.saaaj.jp/covid/pdf/covid02.pdf にまとめられている。

それによると、新型コロナウィルスの生存性に及ぼす温度の影響が示されており、温度が低い程ウィルスの生存性が長くなる事がわかっている。
また、ウィルスの生存性と湿度の関係については他のコロナウィルスでの報告から湿度が高いほど生存性が短くなる傾向があるがさらなる検証が必要とのことである。

  • 飛沫の拡散性

感染経路において、飛沫の飛ぶ距離、量などについても同様に重要な因子である。内閣官房によるCOVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトの成果報告において、理化学研究所/神戸大学 坪倉 誠氏の「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策 #3」の報告
https://www.r-ccs.riken.jp/fugaku/history/corona/projects/tsubokura/
にまとめられている。それによると湿度が低いほど前方の人に到達する飛沫の量が大きくなる事が報告されている。

感染リスクのモデル化検討

このような知見から感染リスクの数値化に向けて感染モデルの仮説を作成した。ここでモデルとしたのは自助努力ではどうにもならない外的因子とした。リスクモデルは基本再生産数×感染者数×温度×湿度×人の移動×抗体非保有者数となる。ここで基本再生産数と抗体非保有者数は当初は一定であると仮定し除外しリスクモデル=感染者数×温度×湿度×人の移動度としていた。(下図初期)
Δ1改訂ではウィルス基本再生産数と抗体非保有者について追加を行った。
今回のΔ2改訂ではその精度を向上させる改良を行った。

感染リスクモデルのスコープ(初期)
感染リスクモデルのスコープ(Δ1改訂以降)

感染リスク因子の数値化

  • ウィルスの基本再生産係数(R)

国立感染症研究所によるとウィルス基本再生産数(R0)とは, ある感染症に対して全く免疫を持たない集団の中で, 1人の感染者が平均して何名の二次感染者を発生させるかを推定した値であるとしている。そのため感染リスクを数値化するには重要な因子である。この指標を検討した当初はコロナ変異種の影響など不明確なものが多かったため、このモデルでは単一因子として扱い因子から除外していた。しかしながら、日本でもアルファ株、デルタ株などの変異株を経験しデータが整ってきたことからΔ1改訂より追加することとした。その経緯について以下に示す。

新型コロナウィルスの基本再生産数は変異株が出現するたびに変化している。当初CoV-2のR0は2から3であったが、デルタ株では5−9まで大きくなっている。ちなみにデルタ株はアルファ株の2倍と言われているのであるアルファ株は2.5から4.5ということになる。また、オミクロン株はデルタ株の4.2倍という報告があり、これらの結果から下表のように係数づけをすることとした。

ウィルス種類アルファ株以前アルファ株デルタ株オミクロン株
基本再生産数R02〜3 5〜9 
ウィルスの基本再生産係数11.5312.6
変異株種によるウィルスの基本再生産係数の違い

日本国内で報告された変異株の報告状況についてはGISAIDのデータをまとめたサイト、例えばhttps://sarscoverage.org/index.htmlにて確認することができる。このサイトでは月単位での変異株毎の報告数が確認できる。これよりアルファ株、デルタ株の比率を把握することができる。2021年からの日本での変異株比率は下図のようになる。オミクロン株のデータは非常に急速に拡大したため上記データでは不足であったので、東京都福祉保健局が変異株スクリーニング情報を日々まとめているので参考とした。
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/hodo/saishin/corona2800.html

これらのデータより変異株比率を下図にまとめた。

変異株比率の推移

つぎに、この変異株比率にウィルス基本再生産係数を当てはめて下式を指標とした。

基本再生産係数(R)=アルファ株以前比率×1+アルファ株比率×1.5+デルタ株比率×3+オミクロン株比率×12.6

なお、都道府県別のデータは現在公表されていないので全国一律とした。下図に基本再生産係数Rの推移位を示す。初期のSARS- CoV-2を1としているため、アルファ株、デルタ株、オミクロン株と変化するに従いR値は上昇していることがわかる。特にオミクロン株は非常に強い感染力を持っているため急速に広がっており2022年1月末には100%オミクロン株となる勢いである。仮に100%になるとR=12.6でサチレートすることになる。

基本再生産係数の推移
  • 感染者数データ(R)

COVID-19への感染者数は感染リスクを計算するうえで大きな因子となる。国内における新規感染者数はNHKにより都道府県別まとめられたものが日々更新されている。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/?utm_int=news_contents_news-closeup_002

本モデルではこの数値を参照する事とする。また、隔離が必要な期間を参考に過去10日間の平均値をウィルス保有者数として係数化する事とした。隔離が必要な期間は実際には変異株種類により異なる可能性はあるが、ここでは一定として計算する。

なお、都道府県別の係数値は人口10万人当たりの感染者数に変換し、東京都における2020年6月1日から10月31日までの人口10万人当たりの新規感染者数の平均値が1となるように係数補正を行った。これは日本では2020年前半は検査数自体の変化が大きく比較する事が困難であったためである。このようにして求めた指数を東京にあてはめると最大30程度の値を示した。オミクロン株の蔓延によりさらに大きくなると予想される。

R=(過去10日間の都道府県新規感染者数平均)÷(都道府県の人口)×100000÷係数(1.2479)

感染者係数の推移(東京都)
  • 気温データ(T)

 気温はウィルスの活性に影響する因子となる。温度とウィルス生存性の関係を下図のように温度とウィルス生存度比でまとめた。なお、係数にする際に東京都の2020年の平均気温16.6℃でウィルス生存度比が1となるよう数値補正を行っている。
都道府県別の気象データは気象庁のホームページで公開されているデータを用いた。
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php

T = ー0.0001×(日別の平均気温)^2ー0.0128×(日別の平均気温)+1.2451

SARS-CoV-2ウィルスの生存比と温度の関係

東京都の温度係数の推移を以下に示す。夏にはウィルスの活性が低下することがわかる。

温度によるSARS-CoV-2ウィルス活性化係数の推移(東京都)
  • 湿度データ(H)

 湿度は飛沫の拡散に影響する因子となる。湿度と飛沫拡散比の関係を下図のようまとめた。
ここで、東京都の2020年の平均湿度71.5%RH時の飛沫拡散比が1となるように係数補正をおこなった。なお温度データと同様に都道府県別の気象データは気象庁のホームページで公開されているデータを用いた。下図をみてわかるように湿度に対する飛沫拡散比の変化は最小湿度が概ね30%RHから100%RHで推移する事を加味すると0から4の間で推移する。これは湿度による変化が温度と比べて影響度が大きい事を示している。

湿度による飛沫拡散の影響
ウィルス飛散要因である湿度係数(東京都)
  • 人の動き(M)

人の動きは接触確率に影響する因子となる。個々の動き方は自助努力に値することなので、全体の動きを検討した。その人の動きはスマートフォンなどの位置情報を利用した解析結果が公開されている。
本解析ではGoogle社の公開しているコミュニティモビリティレポートを参照した。https://www.google.com/covid19/mobility/

このレポートは日本では都道府県単位でのカテゴリー毎の日毎のデータが公開されている。本解析では小売店と娯楽施設、乗換駅、職場の数値を平均し基準日が1となるように補正した。なお、基準日は2020 年 1 月 3 日〜2 月 6 日の 5 週間における該当曜日の中央値となっている。なお、都道府県間のデータ補正は行わない事とした。なお、上記により求めた東京都の数値は0.23から1.01の範囲であった。

人の移動指数(東京都)
  • ワクチン接種係数(W)の考慮

ワクチンの接種率について東京都の場合は年齢別の接種率が東京都福祉保健局のホームページにて日々公開されている。これより東京都の日々ワクチン2回接種済み者の人口比をデータとして用いることとした。都道府県による差は考慮しないこととした。

ワクチン接種により発症者がどれくらい抑えられるかについてさまざまなデータが存在する。前回の改訂(Δ1)では国立感染症研究所が公開している「新型コロナワクチンの有効性を検討した症例対照研究の暫定報告(第二報):デルタ株流行期における有効性」https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10757-covid19-61.html を参考とした。これによると2021年8月1日から8月31日までの関東の7医療機関を受診した人のうちワクチン接種有無によるPCR検査陽性数が記載されている。前回の改訂(Δ1)ではデルタ株のワクチン2回接種群の罹患率は0.15であったことから0.15、オミクロン株はその3倍と仮置きしてワクチン係数(W)=1-(ワクチン2回接種率/100)×(1-ワクチン2回接種群の罹患率)としていた。

昨年末にオミクロン株への有効性及び有効性の時系列変化が明らかになってきたため再改訂を行うこととした。以下に詳細を示す。

  • ワクチンの有効性と持続性

オミクロン株に対するワクチンの有効性については英国Health Security Agencyが2021年12月23日に発行したレポートに詳しく示されている。

https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1043807/technical-briefing-33.pdf

このレポートに示されているデータから日本で最も接種されているファイザー製ワクチンのデルタ株及びオミクロン株への感染防止有効性をまとめると以下となる。

ファイザー2回接種後の発症予防効果

2回接種を終えた後に一次関数的に低下することがわかる。また、オミクロン株ではワクチンの有効性は大きく低下することもわかり約150日で有効性はゼロとなる。また、真偽はわからないが有効性がマイナスとなる可能性も示している。

ワクチン有効性は下式にて数値化した。

ワクチンの有効率は  有効率=(1-b:接種群罹患率/d:非接種群罹患率)×100 となる。 

ここで非接種群罹患率=1と仮定して上図に示した近似式にあてはめると接種群罹患率はそれぞれ下式となる。

デルタ株接種群罹患率(d)= 0.001779×(2回接種からの経過日数)+0.05467

オミクロン株接種群罹患率(d)= 0.004574×(2回接種からの経過日数)+0.29785

これをもとにワクチン係数(W)を計算すると下図となる。デルタ株主流のもとではワクチン効果により係数は大きく低下したが、オミクロン株の登場により値は急上昇している。

ワクチンによる効果指数
  • ブースター接種の効果

今回のΔ2改訂ではブースター接種は日本ではまだ進んでいないため考慮しないが、同じく英国Health Security Agencyが2021年12月23日に発行したレポートに示されている。これによるとファイザー2回接種後にブースター接種した際の有効性を下図のように計算することができる。ブースター接種数が公表された際に指標に追加する。ただし、ブースター接種に用いるワクチン種類が複数あるため接種比率が公開された場合に考慮する。

都道府県別感染リスク数値化

都道府県別の感染リスクは各因子を乗じた数字とした。各因子を単純に掛け算する事は少し雑破な印象も受けるが今後実態と合わせて各因子の寄与度の調整を検討していく。

感染リスク値(変異株・ワクチン考慮)=R×I×T×H×M×R×W×100

以下に東京都の過去1年間の感染リスクを示す。オミクロン株の感染力がいかに高いかが表現されている。

感染リスク値(東京都)



まとめ

以上の経緯からワクチン・変異株を考慮した指標にてCOVID-19感染危険度をマップを改訂することとした。自分生活している地域の状況および旅行などで移動する際の参考としていただきたい。今後実感と合わない点があれば適宜改訂するとともに改訂履歴を表記することとする。
初期:2020年4月13日
Δ1改訂:2021年12月10日
Δ2改訂:2022年1月15日