電気自動車(BEV)の充電器規格にまつわるこの物語は、2020年になりすぐに世界を襲ったCOIV-19パンデミックからはじまる。
パンデミックによる景気後退から復興するために従来と同じ産業ではなく新しい産業に投資し産業構造を転換する方針を各国は打ち出したのである。ここでは米国での経緯をまとめる。
パンデミックからの復興に向けてバイデン政権は2021年3月31日にピッツバーグでバイデン大統領が演説し、総額2兆億ドルを超える米国雇用計画(The American Jobs Plan)を発表した。そこには、EVにおいては他国(中国を念頭)に勝つために1740億ドルの投資を計画し、電池産業の米国内誘致や2030年までに50万台のEV充電ネットワークを構築するために助成金やインセンティブルールを確立するとした。
この計画を実現するためにまず超党派の議員によりインフラ投資計画法案が2021年6月24日まとめられ上院と下院で審議入りし、同年11月5日に下院で賛成多数により可決された。
これを受けて米運輸省は2021年11月29日にEV充電インフラ助成プログラムに対するパブリックコメントの募集を開始し、その結果を反映して2022年2月10日に「EV充電プログラム(National Electric Vehicle Infrastructure (NEVI) Formula Program)」についてのガイダンス(概要)を発表した。
そして米国運輸省傘下の連邦高速道路局(FHWA)は2022年6月9日、インフラ投資雇用法に盛り込まれている50億ドルのEV充電プログラムの下で資金提供されるプロジェクトを対象に、充電器の設置や運用などに関する基準と要件を含む具体的な規制の草案(NPRM)を発表した。
全米の充電ネットワークを統一基準をもとに構築することで、2030年までに50万基の充電器を設置するというバイデン政権の目標を早期に達成を目指すとした。これについて60日間のパブリックコメント募集もはじまり、その結果を受けて米国運輸省は2022年9月27日、全米50州と首都ワシントン、プエルトリコを対象としたEV用インフラ導入計画(NEVI Forumula Program)を承認した。
このEVインフラ導入計画において2026年までに総額41.55億ドルのBEV充電器整備計画が定まった。少なくともこの時点では、国際標準(IEC)で定められたCCS1ポートを少なくとも4つ持つ事となっており、CCS1が主流となるはずであった。ここまではやはり国際標準が必要で、なおかつ国際標準が勝利するはずであると誰もが思っていた。
テスラはこの巨額のインフラ投資計画に乗り遅れる危機感と、先行しているスーパーチャージャーの充電網を利用したいバイデン政権からの要請もあり、2022年11月11日にスーパーチャージャーとデスティネーションチャージの規格をNACS(North American Charging Standard)として公開し、関連する標準化機関と積極的に協力すると発表した。これと同時に関連する政府機関、自動車OEM、充電サービスを行う会社に対して積極的に交渉を開始した事は容易に想定される。
その交渉もあり、2023年2月15日に米国政府からもテスラが自社充電器を一般に解放すると発表し、NEVIプログラムの補助金対象にNACSも加える旨のコメントも発表した。
同時にNEVIプログラムの助成金を受け取るために必要な機器の仕様や設置、運用に関する要件も発表した。そこには充電器の稼働率が97%以上であること、充電器の最終組み立てが米国で行われていることなどが含まれていた。また、部品の調達価格割合に関して、2024年7月以降、55%以上が米国内で製造される必要があるともした。この条件はCCS1を支持する側にとっては不利となり、NACSにとって有利に働くのは言うまでもなかった。また、NACSの使い勝手の良さと米国での運用含めた実績がNACS側に有利に働いた。逆にCCS-1を支持する側は国際標準だからという油断があったと思われる。こぼれ話ではあるが、この時点ではまだBEVユーザーが少なかったためかCCS-1充電器は設置されているもののメンテナンスが不充分で充電しに行ったら故障していたという話をよく耳にした。
その後、2023年5月25日にフォードがNACSを2025年以降CCSからNACSに変更すると発表するのを皮切りに6月8日にGMも同様な発表を行うとオセロ返しのように次々とNACS採用に名乗りを上げるOEM(ボルボ、リビアンなど)が登場し、CCS系の団体であるCharINでさえNACS規格化をサポートする事を6月12日に表明した。6月27日にはSAEもNACSを6ヶ月以内に標準化すると発表した。この短期間での標準化作業は通常では考えられず明らかに補助金の担保としたい米国政府の意向が反映されていると想像される。これらの流れで北米のEV充電規格は国際標準ではないテスラ個社の充電仕様(NACS)に統一される事が事実上決定した。
テスラとしては従来は自社充電設備からの課金システムで得ていた利益構造を転換し、設備を解放することにより生じるのデメリットより全米標準、世界標準を目指して拡大する戦略を選んだ事となる。
今後2023年12月頃に正式にSAE J-****規格となると、次はIEC規格へのステップアップである。そうなればWTO-TBT協定により政府調達基準から排除しにくくなり欧州やアジアへも拡大できるかもしれない。そうなれば国際標準の敗北が実は国際標準の逆転勝利となるかもしれない。
以上(つづく)