パンデミックの終わり方と終息後の世界考 

はじめに

 COVID-19感染症の流行は2019年12月にはじまったと言われています。そして2020年3月11日に世界保健機構(WHO)がパンデミックの宣言を行いました。それから既に1年以上が経過して、有効なワクチンが開発されて接種も進みつつあります。そして特効薬こそ開発されていないものの、治療方法も明らかになってきました。そこで過去のパンデミックの歴史からパンデミックの終わり方について考察してみることとしました。

パンデミックの定義

 最近では「パンデミック」という言葉が当たり前のように使われています。その定義について説明します。日本疫学会によるとパンデミックの定義は以下となります

”「パンデミック」とは、国境をまたぐような「世界的な大流行」のことです。
「汎流行」ともいいます。”

また、感染症の流行の広がりの大きさにより エンデミック、エピデミック、パンデミックに分類する研究者もいるとのことです。感染発生からパンデミックに至る過程では以下の順序で表現される場合があります。

「アウトブレイク」→「エンデミック」→「エピデミック」→「パンデミック」

WHOではパンデミック期の説明を2017年に発表された新型インフルエンザ対応に関する報告書の中で示しています。ここではパンデミックへの移行期を分類しています。(*参考文献4)

パンデミックの歴史

過去の主な感染症の歴史をまとめると下表のようになります。これをみると人類は感染症と常に戦っていることがわかります。

感染症年代・時期  経緯
天然痘紀元前エジプトのミイラに天然痘の痕跡がみられる
 6世紀日本で天然痘が流行、以後、周期的に流行する
 1520年コロンブスの新大陸上陸により、アメリカ大陸で大流行
 1980年WHOが天然痘の世界根絶宣言
ペスト541年ヨーロッパの中心都市ビザンチウム(コンスタンチノーブル)に広がる
 1346年〜53年ヨーロッパで「黒死病」と呼ばれるペスト大流行
 現在適切な抗菌薬で治療可能、2010年~15年には世界で3,248人の患者が報告、584人が死亡
インフルエンザ1918年〜20年スペインかぜが大流行
 1957年〜58年アジアかぜの大流行
 1968年〜69年香港かぜの大流行
 2009年新型インフルエンザ(A/H1N1)の大流行
コロナウィルス2002年〜03年重症急性呼吸器症候群(SARS)
 2012年〜中東呼吸器症候群(MERS)
新興感染症1981年エイズ(後天性免疫不全症候群、HIV)
 1996年プリオン病
 1997年高病原性鳥インフルエンザ
 1976年エボラ出血熱
結核紀元前エジプトのミイラに結核の痕跡がみられる
 1935年~結核が日本での死亡原因の首位
 1950年抗生物質により発生減少
 現在抗生物質に対して抵抗性を示す結核菌が現れる
マラリア紀元前「マラリア」についての記録
 6世紀ローマ帝国を中心に大流行
 1950年代殺虫剤DDTなどによる根絶計画実施
 現在DDT抵抗性のハマダラカが出現
<*参考文献1,2を参考に筆者作成>

感染症には比較的致死率の大きい天然痘、ペスト、エボラ出血熱などからインフルエンザ、コロナウィルスまでの様々な感染症がありますが、過去に医学的に根絶されたのは天然痘だけとのことです。他の感染症はワクチンや治療薬の開発や医療技術の進化はあるものの長い間人類との戦いが続いています。

現在まさに進行中のCOVID-19と一番似ているのは感染形態および致死率からインフルエンザおよびコロナウィルスという事になります。そこで、約100年前に発生したスペイン風邪(後にA/H1N1亜型インフルエンザとわかる)について調べてみます。

スペイン風邪とCOVID-19

スペイン風邪は1918年にアメリカ カンザス州ハスケルにて最初の感染が発見された後に、数ヶ月もたたないうちにまたたく間に全世界に広がったと言われています。この症例がスペイン風邪と言われるのは、当時は第一次世界大戦中であり情報公開がなされておらず、比較的中立な立場をとっていたスペインにて大規模な感染報告がなされたためと言われています。

スペイン風邪のパンデミックは大きく3つの波で広がりました。その中では第2波が最も猛威をふるいました。そしてワクチンや治療薬はなかったものの3年ほどで1920年には終息しました。

しかしながら、このスペイン風邪はその後も非常に興味深い経過を辿ることとなります。スペイン風邪はパンデミック終息後は季節性インフルエンザとして流行を繰り返します。そしてパンデミック終息から約30年後の1957年にアジアかぜ(A/H2N2亜型)の流行により淘汰され消滅したとされます。このように新たなウィルスの広がりにより淘汰されることはこの世界では珍しいことではないようです。

淘汰されたスペイン風邪のウィルスはなぜか再び30年後の1977年にロシア風邪(H1N1)として復活をとげたとされます。その復活の理由については医学的には不自然とされ研究用に保存していたウィルスが誤って外に流出したのではないかとの憶測がされました。その後もこのウィルスは季節性インフルエンザとして流行を繰り返した後に2009年に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)により再び淘汰され、以後は発生の記録がありません。

このようにパンデミックしたスペイン風邪のウィルスは様々な理由で淘汰と復活を繰り返しました。この点は今回のCOVID-19にも共通する可能性があり今後の動きを注意深く観察していく必要があります。

パンデミックの終わり方とパンデミック後の世界

それではパンデミックはどのように終息するのでしょうか。

“歴史学者によると、パンデミックの終わり方には2通りあるという。1つは医学的な終息で、罹患率と死亡率が大きく減少して終わる。もう1つは社会的な終息で、病気に対する恐怖心が薄れてきて終わる。” とのこと。

医学的な終息をしたのは実は前にも記述した天然痘だけとの事で、他の終息は全て後者の社会的終息にあたるようです。つまり、感染症が終息した本当の理由はわからないものが多いようです。

ここでも、スペイン風邪を例にとり終息をしらべてみる事としました。スペイン風邪に関する書物を調べてみると面白いタイトルが付けられているものがあります。

アルフレッド・W・クロスビ著 史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック

この「忘れられた」という言葉がパンデミックの終息の仕方と関係していると思われます。

このことは医学的に終息したのではなく社会的に終息したため、つまりは終息時の社会情勢などが大きく影響してくるようです。

スペイン風邪がパンデミックした1918年から1920年の前後における社会情勢について調べてみます。

まず大きい出来事は第一次世界大戦が1914年から1918年にかけて起きています。1918年11月に休戦協定があり、1919年1月にパリ講和会議がはじまりましたが、ここでアメリカのウィルソン大統領は会議中にスペイン風邪を発症しその後出席できなくなる事態が発生しました。そのためドイツへの賠償を強く求めるイギリス・フランス両国の力が強く働き、結果的にドイツに巨額の賠償を求めることの一因となりました。その影響もありドイツでは1923年のハイパーインフレにつながるなど戦後経済に大きな影響を与えました。

このようにスペイン風邪は短い間に大変な死者を出すパンデミックではありましたが、パンデミック後の経済状況変化の印象がそれ以上に大きく忘れ去られたとの印象を与えてしまったと推測されます。

まとめ

現在進行形のCOVID-19の場合はどうでしょう。100年前とは違いワクチン開発が急速に進みパンデミック宣言から1年もたたないうちにワクチンの接種が進められています。また、限定的ながらも治療薬も承認されておりパンデミックを終息させる条件は医学的には整いつつあります。後は社会的な終息にどうつながるかと思われます。人々がCOVID-19を恐れなくなった時点で終息していくと考えられます。そのきっかけとなるのはやはりワクチンの接種となると思われます。そのワクチンがたとえ1年未満の効力しか持たないとしても、社会的終息につながるきっかけとしては十分であると思われます。

さて、COVID-19パンデミック後の姿ですが、100年前との共通点が多いのが気がかりとなります。100年前はイギリス、フランスとドイツの対立でありましたが、現在はアメリカと中国の対立であります。

また100年前は第一次世界大戦によるインフレとバブルとその崩壊がありましたが、現在はCOVID-19の経済対策による巨額の公的資金投入がありインフレを起こす素性は十分にあります。

この2点が100年前と同じにならないように祈るばかりです。

参考文献1日本疫学会:ホームページ 感染症疫学の用語解説
https://jeaweb.jp/covid/glossary/index.html#pandemic

参考文献2 大幸薬品株式会社 健康情報局https://www.seirogan.co.jp/fun/infection-control/infection/pandemic.html

参考文献3 河原 敏男・玉田 敦子 ナノカーボン超高感度センサーによる 感染症との闘い

参考文献4 厚生労働省: WHOにおける新型インフルエンザのパンデミックフェーズ改定に伴う新型インフルエンザ等対策政府行 動計画等の変更について
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000547045.pdf

参考文献5 WHO:Pandemic Influenza Risk Management
A WHO guide to inform & harmonize national & international pandemic preparedness and response
https://www.who.int/influenza/preparedness/pandemic/influenza_risk_management/en/

参考文献6  東洋経済:歴史が示唆する新型コロナの意外な「終わり方」
過去のパンデミックはどう終息したのか
https://toyokeizai.net/articles/-/351092

参考文献7 PRESIDENT ONLINE:歴史が教えてくれる新型コロナの意外な”終わり方”
https://president.jp/articles/-/35755?page=3

参考文献8  三菱総合研究所:新型コロナ(COVID-19)収束シナリオ 
見えてきたニューノーマル(新常態)への道筋
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20210322.html